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新年短編。

 正月の書き初めとして、新年短編置いておきます。

・人なる現代パラレルです。
・「やおろず弐」読了後推奨ですが、読んでなくてもまあ大丈夫です。

 パラレルとか大丈夫な心の広い方はどうぞー。



『2010年近所の旅』


「そういえば、初詣ってどうするか決めてんの?」
 ピィスの質問に、全員が振り向いた。
 こたつで寝ていたカリアラはぴくりと目を開ける。その隣で飲んだくれていたシラはおつまみをかじりながら首を回し、散らばったゲーム機を片付けているペシフィロに目をやった。
「決まってるんですか?」
「そういえば、どこに行くかは決めてませんでしたね」
 ペシフィロは半壊したwiiリモコンを箱にしまう。腕に巻いても、紐で縛りつけても、カリアラが遊ぶたびに手の中からすっぽ抜けて、天井や壁やペシフィロの後頭部に見事なヒットを決めたのだ。ペシフィロは無事だったが、壁とリモコンには穴が開いた。
 サフィギシルが台所から顔を出す。
「今から行くのか? 朝になってからでいいだろ」
「いや、今寝たら絶対昼まで起きられないと思うんだよ。というかみんな二日酔いやら寝不足でぐだぐだになってて、初詣なんて行く空気じゃないだろ。今行っとかなきゃ行きそびれるって」
「まぁ、確かにな」
 時刻は2010年1月1日の午前1時を回ったところだ。紅白歌合戦を流しながら二台目のテレビでゲームをしたり、こたつで酒を飲み続けたり、年越しそばを食べたりカウントダウンをしてみたり、新年を迎えたところでなんとなく正座で挨拶をしたり……というありふれた年末を一通り終えたところで、年越しの合宿所と化した山中のビジス・ガートン邸には、まったりとした空気が漂っていた。
「でも、運転できる人はみんな呑んでないか?」
 酒臭いグラスを洗い終えた手でサフィギシルが確認する。一、二、三。指をさされた者がそれぞれに反応した。
「運転どころか、まっすぐに歩けるかも怪しいな……」
 ソファにもたれかかるジーナがうめく。彼女はシラとの呑み比べに負けたばかりだ。
「呑みましたし、もう何年も運転なんてしてませんよ」
 そう答えたシラは、まだ飲み足りなさそうに酒瓶を探していた。
「私は呑んでませんが、ビジスの車はちょっと……自信がありませんね」
 ペシフィロは困ったように壁を見る。透視できるわけではないが、その向こうにはガレージとは名ばかりの空き地があり、ビジスが何十年と使い続けてきた外車がある。
 敬遠されるのは、左ハンドルだから、燃費が悪いから、という理由だけではない。あちこち歪んで扉はろくに開かないし、サイドミラーは割れている。そもそもエンジンをかけるのに謎の気合とタイミングが必要で、ビジス以外の人間には乗りこなせないのだった。
「ふもとのタクシーって正月お休みだっけ」
 ピィスの質問に、ペシフィロが難しく眉を寄せる。
「元日は営業していたはずですが、この時間はどうでしょう。人数からいって二台必要ですし」
「二台だったら爺さんの車でも無理だよな。というか、誰と誰が行くんだよ」
「私はやめておく……」
 よろよろと手を挙げると、ジーナはそのままソファに沈没した。
「オレは行くよ。誰も行かないなら別だけど」
「カリアラさんはどうします? 行きますか?」
「行く」
 眠たげに首を揺らしながらカリアラが手を挙げた。シラが肯く。
「じゃあ、私も行きます。サフィさんは?」
「みんなが行くんだったら、まぁ、行こうかな。ぺシフさんは?」
「私も行きますよ。一人くらい、しらふの大人が必要でしょう」
「じゃあ今のところ五人か。兄さんはもう部屋で寝てるし、ハクトルさんはまだ帰らない……よな。朝までずっと口には出せないような変態イベントに行ってくるって言ってたし」
「それは合法なんでしょうか……」
 ペシフィロが頭を抱えるが、今さら何を言ったところでハクトルには通じないだろう。
「あれ、爺さんはどこに行ったんだ?」
 サフィギシルの疑問に、みなそれぞれに部屋を見回す。
「年始の挨拶の時にはいたよな」
「その後、気がついたらいなくなってましたね」
「爺さんって、いつのまにか消えるよな。そんで出てきたらろくなことしないの」
「それがビジスですから……」
 はは、と力なく笑うペシフィロの顔がびくりと引きつる。
 次の瞬間には、彼の緑の髪の毛はビジスによってぐしゃぐしゃにかき混ぜられていた。
「なんだ、みんな揃って何の会議だ?」
「うわあ!? どこから出て来たんだよ!」
 ピィスを始め、全員が驚く輪の中でビジスはペシフィロのなんだか痛そうなツボを押しては悲鳴を上げさせた。
「は、初詣のことですよ。どこに行くかいだだだだ」
「人数が多いし、車が要るからどうしようかって言ってたところなんだ」
「なんだ、それならちょうどいい場所がある」
「普通に喋ってないでやめてあげて! 親父痛そうだから!」
 ようやく解放されたペシフィロがぐったりと座り込む。ビジスは窓の外を指さした。
「何も山を下りなくとも、すぐそこに神社があるじゃないか」
「え、そうだっけ。神社なんてあったかな」
 サフィギシルは首をかしげる。彼は小さい頃からこの家に来ているが、心当たりはなさそうだ。
「神社というより祠だな。随分と昔からあるものらしくてなァ、この山を買ったときに、土地と一緒についてきた。壊すのも面倒だから、ふもとの家に手入れをしてもらっているんだよ」
「……家の敷地内に神社があるんですか……」
 まだビジスのスケールに慣れていないシラは、納得がいかないようだ。
「そもそも山を買うって時点でおかしいもんな」
「この家も無駄に広いですもんね」
 だからこそ年越しの合宿所として使えるのだが。ビジスは気にせず話を続ける。
「ちょうど今、祠の中にお年玉を隠してきたところだよ。欲しければ取って来たらいい」
「完全に企画じゃないですか……」
 まだ痛む頭をさすりながら、ペシフィロが呟いた。
「まァそう言うな、どうせ大した距離じゃない。ついでに初日の出でも観てくればいいだろう」
 何人かの視線が、慎重にビジスを探った。さっき突然現れたのは、どうやら玄関ではなく中庭に繋がるサッシ窓から入ってきたらしい。中庭にはビジスがはいていた下駄が転がっていた。この寒い中を歩いてきたとは思えない薄着で、コートの一枚も重ねていない。
 これなら本当に大した距離ではなさそうだ。と、みんなの表情が語る。
「じゃあ、そこに行こうか。爺さん、地図とかある?」
「ああ、書いておいた。ついでにこれも持っていくといい」
 サフィギシルの手にリュックサックが渡される。開けてみると、中からは登山用のロープや熊よけの鈴、折りたたみ式の杖などが次々と出てきた。
 引きつる子どもたちに、ビジスはにやりと笑いかける。
「なァに、大した山道ではないよ。気をつけて行ってこい」

      ※ ※ ※

「……新年が始まって、もう二時間も経つのかぁ……」
 澄香は力なく呟いた。無言でいると、寒くて眠くてこの場で倒れてしまいそうだ。
「ねぇ、いつになったら着くの」
「もう少し頑張って。そろそろ見つかるはずなんだ」
 先を行くノロ君は、振り向きもせず足を進める。澄香はムッとして彼の背中に懐中電灯を押しつけた。
「えい。LEDライト攻撃ぃ〜」
「痛い痛い、ごめんなさい! 眩しい眩しい!」
 顔に直接光を当てると、ノロ君は死にかけの虫のようにばたばたと暴れる。
「申し訳ないと思うんなら、なんかこう、楽しい話をするとかさ。そういうので気を紛らわせてよ。エンターテイメントしようよ新年は。ただでさえ、こんな謎の山に登らされてるんだから」
 初詣に行こうと誘われて、待ち合わせをしたのが去年の夕方。そのままなんやかんやと楽しく過ごし、さあ初詣に行こうかと外に出たところまでは良かった。
 だがノロ君が指定した「初詣の場所」は近所の神社などではなく、澄香が聞いたこともない、正体不明のお社(やしろ)だったのだ。しかも人気のない真っ暗な山の中腹にあるという。おかげで、ほとんど獣道に近い場所を一時間以上歩かされている。
「ほんっと、遭難とかしたらしゃれにならないよ。今はまだ携帯が繋がるからいいけど、寒いし、眠いし、真っ暗だし、面白い話も出てこないし」
「怪談ならいくらでもあるんだけど……」
「こんなところで怖い話なんてしたら、LEDライトで眼球照射するよ」
「ごめんなさいごめんなさい」
 はあ、とため息をついて澄香はノロ君の手を握る。暖を取ろうと思ったのに、彼の手は澄香よりもまだ冷たかった。硬くなった指先をもみほぐしながら歩く。
「あーあーこんなに冷えちゃって。あったかいお茶でも買っておけばよかったね」
 はあ、と今度は熱のこもった息を当てると、ノロ君の指がびくりと引きつった。
 遠慮がちに、澄香の背中のあたりをうかがう。
「……家神様は?」
「寝ちゃったみたい。のんきなもんよね、歩かなくていいんだから」
 澄香のポケットの中には、いつものように家神の本体である小石が収まっている。初詣に向かった当初は浮かれ気分で歌までうたっていたのだが、いつまで経っても目的地にたどりつかないので眠ることにしたらしい。
 というよりも、おそらくたぬき寝入りなのだが。気をつかわれた「若い二人」は、どちらともなく指をまじえて深く手を繋ぎ直した。
 今度は歩く速度を合わせて、ぶらぶらと道を行く。
 お互いに何の会話もないのに、不思議と気持ちは満たされていた。
「あ!」
 ノロ君が立ち止まる。澄香の目もそれを見つけた。
 山道の突き当たりにある小さな空き地に、古びた祠が立っていたのだ。
「これだ……」
 ほとんど朽ちかけてはいるが、一応小さな鳥居もある。肝心の祠は黒ずんだ木を組み合わせたもので、土台は立派な石垣になっている。まるで小さな城のようだ。祠の小さな扉には、今供えたばかりのように新しいしめ縄飾りがかけられていた。
 明らかにテンションの上がったノロ君が、早口に説明する。
「ここは知る人ぞ知る伝説のオカルトスポットでね、そもそもの成り立ちは江戸中期に起こった干ばつを鎮めるために捧げられたいけにえの女の人がいて、彼女の怨念を鎮めるために……」
 いつもなら「だからなんでそんな怖いところに連れてくるの!」と怒るところだ。
 だが澄香は遠い目をして祠を眺めた。我に返ったノロ君が振り返る。
「あっごめん、怖かった? 大丈夫だよ、ここはもう清められていて……」
「いや、そうじゃなくて。……見えてるの。その女の人が」
「ええっ」
 驚きの声は明らかな喜びに染まっていた。てりてりと頬を赤くしたノロ君が飛びつく。
「ど、どんな神さまが見えてるの? やっぱりいけにえらしい人?」
「…………」
 澄香は細く目をこらすが、見えている「神さま」に変化はない。
 女の人だ。それはノロ君の話と合致する。昔の人らしく着物を着ているし、いかにもいけにえらしく、若くて美人だ。顔の造作がややキツめに見えるので、怨念に取りつかれたらさぞ恐ろしい形相を見せてくれるだろう。そこまではいい。
 問題は、その和服美女が、とろけそうな表情でしめ縄飾りを首に巻きつけていることだった。
「ラブ・フォーエバー……」
 なんだかよくわからないことを言っている。頬はノロ君以上にてらてらと輝いているし、うっとりと彼方を見る目は喜びにうるんでいる。はあ、とため息をつくと、神さまは指先で祠の壁をハートになぞった。
「ね、ね、どんな神さまに見えてるの」
「……恋する乙女?」
 それ以外の何者でもなかった。しかも首にはしめ縄飾りだ。まったく意味がわからない。
「なんか、お供え物のしめ縄を首に巻いてる」
「えっ。……そうか、いまだ晴らされない怨念が、彼女を首吊り自殺へと導いて……」
「いやそういうんじゃなくて。もっと明るい感じで」
「そうよ。これはあの人がくれたプレゼントなの」
「喋った!」
 つい驚いてしまう。澄香にとって神さまとの会話は日常のことだが、この神さまはどうにも話が通じなさそうだったので油断していた。慌てて頭を下げてみる。
「あ、その、こんばんは。お邪魔してます」
「いいのよ。今日の私は愛の喜びに満ちているもの。どんな願いだって叶えてあげたい気分よ。まあそんな力はないんだけど」
 でしょうねぇ、という言葉は胸の中にしまっておく。澄香が目にする神々は、基本的にこれといった力を持っていないのだ。
「あの、その首にかけてるのは?」
「素敵なネックレスでしょう。あの人がくれたのよ」
「ネックレスというか、完全に正月飾りですよね?」
「そう。新年を寿ぐために、あの人は私にこれをくれたんだわ。つまりはエンゲージリングのようなものね」
 違うと思う。だが口にすると怨霊と化してしまいそうなので自粛した。
 どうするべきか困っていると、背後で大きなあくびが聞こえる。
「ふわーああ。……ん? なんだ、着いたのか」
「おはようございます家神さん。本当に寝てたのね」
「年末年始は宴会が続くからのう。調子に乗って呑みすぎた。お、ノロ君あけましておめでとう」
「ノロ君、家神さんが、あけましておめでとうって」
「ああおはようございます! 明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いいたしますっ!」
「うむ。……ん? 寝る前にも言ったかな?」
「年が明けた瞬間に言ってたよ。二回目だよ二人とも。しっかりして!」
 ぐだぐだなやり取りも、なんだかどうでもよくなってきた。とにかくここは寒いのだ。おまけに初詣先の神さまは恋愛ボケで、よくわからないことを言っている。ああとても帰りたい。
「じゃあ初詣っぽいことも済ませたし、そろそろ行こうか」
 祠の神さまの目がきらりと輝く。
「待って! せっかく来たんだからもう少しいいでしょう。幸せな私の恋愛トークを聞いて頂戴よ」
「ほうほう。どんな恋をしておられるのかな?」
「家神さーん!」
 仮眠したのが効いたのか、家神は機嫌よく耳を傾ける。ついていけない澄香と聞こえないノロ君を置いて、ふたりの神は深夜の恋バナモードに突入してしまった。
「それでね、それでねっ、彼ってばすっごく男前で、強くて格好いいのっ!」
「ほほう、日本男児ですか。最近では珍しい人間だのう」
「そうなのよっ! 私ね、ここでずっとひとりぼっちだったんだけど、彼が祠を直してくれたおかげでこんなに元気になったのよ。今日だってネックレスをくれたし、祠を撫でてくれたんだから! それにね、私に頼みごとをしてくれたのよ。頼られるって、素敵よね」
「おお、わかります。やはり適度に頼り頼られる関係でこそ、互いが伸びるというものだからな」
「……なんで意気投合してるの……」
 祠の前に座り込んだ二人は、このままだと初日の出が見えるまで楽しく語り合いそうだ。澄香もノロ君と並んで適当な石に腰かけた。なんとなく手を繋いでみるが、ノロ君には神さまたちが見えないようだ。こちらは家神たちとは違って、息が合っていないらしい。
 せめて会話だけでも、と頭を下げたノロ君に、澄香は神たちの会話を逐一言って聞かせる。
「ねぇ、あの祠の神さまが言ってる『彼』って人間なのかな」
「おそらくそうだろうね。しめ縄は僕にも見える実体だし、この祠を管理している人じゃないかな」
「そうだよねぇ。こんな山の中に通ってくる人って、一体どんな……」
 言い終わらないうちに目の前の茂みが揺れて、人の頭が現れた。
「うわあ!?」
 高校生くらいの男の子だ。れっきとした人間だが、澄香の目には一瞬彼が動物に見えた。きょとんとした丸い目が、まるで森に出現した野生動物のようだったからかもしれない。
「ん? 誰だ?」
 男の子はどこか人間らしくないしぐさで茂みから立ち上がり、きょろきょろと首を振った。
「あのな、おれな、神社が要るんだ。ここにあるか?」
「神社っていうか、祠ならありますけど……」
 明らかに相手のほうが年下なのに、つい敬語になってしまう。あまりにも堂々としているからだろうか。男の子は澄香を見て、ノロ君を見て、その奥に目を向けると、大きな声で手を挙げた。
「あ、あった! 神社があったぞー!」
 振り返って茂みの奥にも声をかける。遠くから、疲れきった人の声がひょろりと聞こえた。どうやら連れがいるらしい。
「あのな、あのな、おれたちな、初詣にきたんだ。でもな、神社がなくてな、迷子になった。お前も初詣にきたのか?」
「はあ……。まあ、そう、かな?」
「そうか。でもお前たちのほうが早かったな。すごいな。あけましておめでとう」
「あ、明けましておめでとうございます……」
 なんだかよくわからないが、危険人物ではなさそうだ。見た目の年齢よりもずっと頭が弱そうなのが気になるが、ぺこりと頭を下げるしぐさが可愛いので澄香としてはオーケーだった。
 動物じみた男の子は、祠の前で合掌をしてなむなむと目を閉じる。
「……カリアラ君。それは仏教ですよ」
 また一人、茂みから現れた。今度は緑色の長い髪をした男だ。
「お客さんがいましたか。こんばんは、明けましておめでとうございます」
「あ、あけましておめでとうございます。あの、どうしてそこから?」
 澄香が茂みを指さすと、道の行き止まりだと思っていた突き当りからは次々と人が現れた。赤い髪をした小柄な人と、金髪のとてつもない美人女性、ふらふらとよろける若いけれど白髪の男の子など、バラエティーに富んだ面々だ。彼らは地面に座り込むと、口々に喋り始めた。
「つかれたー。なんだよもう、なにが『大した山道じゃない』だよ……」
「あの人の言葉を信じたのが悪かったんですよ。サフィさん、大丈夫ですか?」
「……もういい、何もしたくない……」
「あのな、神社あったぞ! 初詣するか? するか?」
「したくてたまらない顔の人は勝手に先にしててくださーい」
 赤い髪の子がぶんぶんと手を振るので、カリアラと呼ばれた動物系男子は「そうか」「よし」と口にして、改めてなむなむと合掌した。
「最近の若い者は、拝礼の仕方もしらんのかのう」
「まったく。やっぱりあの人みたいに素敵なマナーを知っている男の人がいいわ」
 祠の神はまたしても頬を赤らめている。恋の相手を思い出しているのだろう。
「ところであなたたちは、どうやってここに来たんですか?」
 緑色の髪の男性が、澄香とノロ君に尋ねる。
「どうやってって……普通にあの道から来ましたけど」
「ほらー! やっぱり道あったんだよ、騙されてたんだよオレたち!」
 赤い髪の子がぎゃあぎゃあと騒ぐ。どうやらとてつもない山道を歩いてきたようだ。全員、頭についた枝葉を払う気力もなく肩を落としている。
「途中のあの崖、本当にもう駄目だと思いましたね……」
「今思えば、最初の方にあった絶壁なんて、まだまだやさしいくらいだったな……」
「ねぇ熊は? 途中熊のフンあったよね?」
「あれも爺さんのフェイクなんじゃないか……ビジス・ガートンジョークだろ……」
「ビジス・ガートン!?」
 祠の神が身を乗り出す。
「今あの人の名前を呼んだ!? ああ、あなたたちが彼の言っていた子どもたちなのね。わかったわ、仏教と間違えていようが構わない。存分に願いを言ってちょうだい! かなえる力は特にないけど」
 やはり力はないらしい。所詮はただの神さまなのだ。
「みなさん、休憩が終わったら神さまにお参りしましょうね。初詣なんですから」
 緑髪の男性はどうやら引率者のようだ。どこか学校の先生のような雰囲気がある。旗でも持って先導しそうな彼につられ、それぞれが顔を上げた。
「……で、この神社は結局なんなんだっけ」
「この山に昔からある祠なんでしょう? 随分と歴史がありそうですけど」
「あのっ、そ、それについて、説明してもいいですかっ」
 うわずるノロ君の声に全員の視線が集まる。相変わらず人見知りが激しいのに、オカルト話ができるとなると張り切ってしまうらしい。ノロ君はこの祠の歴史について、すらすらと語り始めた。得意分野を語るとなると、口のすべりがよくなるのだ。
 ガイドとしては合格だろう。だがその内容と語り口は、完全なる稲川淳二リスペクトだった。話が進むにつれてその場の空気はおどろおどろしく静まっていく。もう、息を潜める隙もないほど恐怖に沈んだ空間だ。澄香は早くも隅に逃げて、一人で音楽プレイヤーを耳に突っ込んでいた。ノロ君の暴走に毎回つきあっていられるほど鉄の心臓ではないのだ。
 ばかに明るい音楽の向こう側で、息のあった悲鳴が聞こえる。おそらく山場だったのだろう。遠巻きに「そこには首を吊った女の姿が!」などと聞こえた気がする。元いけにえの神さまは血まみれとは程遠い恋乙女だし、稲川淳二はそんな脅かし方もしないが盛り上がっているならまあいいか。と澄香はイヤホンを耳から外した。怪談は終わったようなので。
「……な、なんだよ、なんだよこの恐怖劇場……初詣のつもりだったのに」
「新年早々晴れ晴れしさのかけらもないじゃないですか!」
「ご清聴ありがとうございました」
 ノロ君だけが晴れ晴れとした達成感に包まれている。後はカリアラ以外全員恐怖に落ちていた。
 白い髪の人が、震えながらも声を張る。
「でも、所詮は言い伝えだしな! 怨霊なんているわけないだろ!」
「なあ。初詣しないのか?」
 突然声をかけられてヒッと飛び上がっている。カリアラはきょとんとして、祠の方を指さした。
「神さまが待ってるぞ。願い事かなえてあげるから、早くしろって」
「……カリアラさん? 何を言っているんですか?」
 それぞれの顔がひきつる。カリアラは当たり前のように答える。
「神さまがな、首にしめ縄巻いてな、早くしろって言ってるんだ。ほら、あの着物の女の神さま」
 もちろん、彼が示したその先には誰もいない。少なくとも澄香以外の人間には見えていない。はずだ。
「や、やややめろよ! そんなこと言って怖がらせても何も出ないぞ! お前、さっきの話聴いてそんなつもりになっただけだろ!」
「? おれ、話きいてなかったぞ。神さまの話の方が面白かったからな、だからな、きいてた。あのな、神さまな、ビジスのことが好きなんだって。ビジスはしめ縄もくれたしかっこいいって言ってたぞ」
「だからやめろって!」
 わあわあと耳をふさぐ仲間たちに、カリアラは納得がいかないようだ。
 振り向いて、祠の前に問いかける。
「言ってたよな? 家神も教えてくれたもんな」
「仕方がないのう。普通の人間にはわしらの姿は見えんのだから」
「そうなのか? おれも人間だぞ。でもふたりとも見えるな」
「たまにそういう人がいるのよ。ここの家のお嬢さんもそうなんでしょう?」
「ああ、澄香は善い子だからな。見えるということは、お前も善い子なのだろう」
「そうか。おれいい子なんだな。ほめられた。ありがとう。みんな、おれほめられた……」
 だが振り向くと誰もいなかった。澄香とノロ君がぽつりと立っているだけだ。
「あれ? どこ行ったんだ?」
「みんな怖がって逃げちゃったよ」
「怖いのか? なにがだ? 食われたりしないのにな」
「食べられないしね。家神さん、この子本当に見えてるの?」
「ああ。カリアラ君、これは何本だ?」
 家神は指を三本立てる。カリアラは元気よく「さん!」と答えた。
「……そういう人もいるんだねぇ」
「いいなあ! どうして僕には見えないんだろう……」
 ノロ君は心から羨ましそうだ。彼にもちゃんと見えていれば、独断と偏見にアレンジされた怪談ではなく、きちんとした解説ができていたことだろう。
「みんな下りたからな、おれも行く。じゃあな、お年玉もらっていくな」
 カリアラは祠の扉を開くと、ごく当たり前のような動きで中にあったぽち袋を手に取った。一、二、三、と数を確認する。澄香は思い当たった。
「そうか、そのお年玉を預かるのが『あの人からの頼みごと』だったんだ」
 ぽち袋にはそれぞれ名前が書いてある。さっきの子どもたちに向けたものなのだろう。カリアラの名前もある。
 カリアラは袋を一つ取り上げた。
「あ、これは澄香のだな」
 気がつくと呼び捨てにされている。いや、それ以前に澄香の分とはどういうことだろう。わからないままに、カリアラはもうひとつぽち袋を発見した。
「野呂淳平ってお前か? そうか。じゃあこれはお前の分だな」
 ノロ君にぽち袋が手渡される。表面には達筆な文字で「野呂淳平君へ」と書かれていた。
 カリアラはもう一つのぽち袋を澄香に渡す。
「はい、澄香の分。あけましておめでとう」
「え? え? え?」
「じゃあおれ、これみんなに配ってくるな。家神も神さまもあけましておめでとうなー」
 カリアラは坂道を下って行ってしまう。残されたのは、ぽかんとする澄香とノロ君、そして家神ばかり。
「……なんで私の名前が書いてあるの? 来ることは誰にも行ってなかったよね?」
「そうだよ、だってここに来ることは直前に決めたんだから。名前だって言ってないし、ビジス・ガートンなんて人、知らないし……」
 見合わせた顔がみるみると青ざめていく。二人は仲良く悲鳴を上げた。
「うふふ。あの人には何もかもお見通しなのよ」
「人間の超越した力は神よりも怖ろしいんだのう」
 家神はしみじみとうなずいている。澄香たちは腕を取り合ってダンスのように跳ねながら、わあわあ、ひゃあひゃあとしばらくの間騒ぎ続けた。

【おわり】

at 12:20, 古戸マチコ(こと・まちこ), -

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