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リクエストSS「10年後ピィス」

 実はへいじつや十周年くらいだったらしいですよ奥様。
 というわけで、11月1日にツイッター上で一瞬だけリクエストを募集してました。
 本日はそのうちの「10年後ピィス」でひとつお話をば。

 しかしこれ、後半がある予定だったんですが、どうしても今後のネタバレになるので途中で切ってしまいました。
 後半はまあ……ツイッターとかでそのうち流すかもしれません。ええ。(カリアラアカウントで)

 というわけで、続きから短い文章です。
 エマというのは、カリアラとピィスの部下にあたる女の子です。
 本編にもそのうち登場します。たぶん。


 


「ピィスさん。……生きてます?」
 おそるおそる呼びかけると、赤い髪がわずかに揺れた。とはいえ見えているのは一房にも満たない一部だけで、本体は積み上げられた毛布の中にうずもれている。遠目で見ると、まるで原始の土葬墓のようだ。まだ内装工事の終わっていない部屋の隅に作られた小山は、ここ数日ピィスが寝泊りしている「巣」だった。
 小山の中からうめき声が聞こえたかと思うと、また静まり返ってしまう。エマはおっかなびっくりと手を伸ばし、上司が眠る巣を揺すった。
「ピィスさーん、起きてくださーい。副長が呼んでますよー」
「んー……もうちょい待たせといて……」
「あの様子じゃ待ちませんよー。早くしないと、また寝間着のまま担がれて運ばれますよー」
 そこまで言ってようやくがばりと山が砕けた。
 現れたのは、不機嫌と睡眠不足を極限まで煮詰めたような、皺だらけの渋い顔。
「……煙草」
「はいっ」
 用意していた一本とマッチ箱を渡すと、ピィスは苛立たしげに目を閉じたままそれをくわえ、火をつけた。崩れた山にあぐらをかいて、貪欲に煙を吸い尽くす。大きな口で吐き出すと、紫煙はぽかりと空に浮かびゆるやかに消えていった。
「……よし。起きた」
「おはようございます」
 開かれた目は、まっとうな形に戻っている。多少充血が酷いのは仕方がない。エマはほっとして灰皿を差し出した。
「じゃあ、行きましょう。副長が待ってますよ」
「ごめん、もうちょっと時間かせぎしといてくれる? このひっどい顔をなんとかしないと」
「え?」
 使用済みで戻ってきた灰皿を手に、エマは間抜けな声を出す。ピィスは寝床から飛び降りると、小さな体躯が何倍にも見えるような、力いっぱいの伸びをした。
「大丈夫、どんなに怒らせても後であたしがなんとかするから。はい、よろしくね!」
「ええ!?」
 笑顔で背を押された後は、もうエマを見てもいない。ピィスは窓を開け放ち、細い手足をゆっくりと動かして優雅な体操を始めていた。足元には水盤があり、おそらくは体をほぐした後にそれなりの時間をかけて顔を整えるのだろう。一体どのくらい時間を稼げばいいのかと考えて、エマは絶望的な息をついた。

       ※ ※ ※

「ピィスさんて、ほんっっと美容に命かけてますよね」
 すべての仕事が一段落した休憩時間。エマは疲労のまま机に倒れこんだ。
 いくら尊敬する上司とはいえ、文句を言いたい時もある。エマはおやつを食べるピィスに恨みがましい目を向ける。
「別に頑張らなくても、十分きれいじゃないですかぁー」
「ありがと。言葉だけもらっとくよ」
「言葉だけじゃなくてー!」
 がばりと起きて机を叩く。
「ちゃんと! 急ぎの時は急いでくださいよ! 嫌なんですよ副長が機嫌悪いとー! こわいんだから!」
「大丈夫大丈夫、機嫌悪くても取って食ったりしないから」
「だってこわいものはこわい……そうじゃなくて!」
 エマが本当に批難したいのはそこではないのだ。
「ピィスさん、いつもすごくしっかりしてるのに。なんで肌のお手入れとか、そういうとこだけ仕事とかほったらかしてやっちゃうんですか。なんかそういうの、損な気がします」
「損って? 例えばどういうとこがよ」
「他の人たちへの、その……体面とか。こんな遅刻なんかで、ピィスさんの評価が落ちるの、悔しいです」
「なんだ、悔しがってくれるの? 嬉しいなあ」
 にんまりと笑われて恥ずかしくなる。エマは口の中でもごもごと言い訳をこねくり回した。
 そんなことはすべてお見通しとばかりに、ピィスは涼しげな顔で重ねた。
「ま、本当に急がなきゃいけないときは、どんな顔でも駆けつけるよ。でも今日はねー、ちょっと人前に出られる顔じゃなかったから」
「……そんなことありませんでしたよ。大体、化粧なんてしてないじゃないですか。何をやってあんなに時間がかかるんです?」
「顔のむくみ取り体操とか、しわ伸ばしとか、体ほぐしとか」
「しわ伸ばしって……私とそう変わらない歳でしょう?」
 彼女もエマも、まだ二十代の前半だ。ここぞという時の化粧に力を入れるのならばともかく、普段は水で顔を洗ってそのままでも許されるのではないか。
 エマは改めてじっくりとピィスの肌を観察したが、白い素肌にはほどよい弾力とつやが見えている。荒れた部分は少なく、手触りも良さそうだ。
「若かろうがなんだろうが、寝不足のくしゃくしゃじゃ出て行けないんだよ」
「はあ……」
 確かに、今朝の渋い顔つきと比べると違いがわかる。しかし、エマにはどちらも普通に綺麗な肌に見えるのだが。
 ピィスは続ける。
「第一、老化は日々の積み重ねだろ? 気のゆるみは肌のゆるみ。うかうかしてると、あっという間におばあちゃんだ」
「……全然心配ないと思うけどなぁ……」
 彼女は元々童顔で、今だって実際の年齢よりもずっと若く見える。場合によっては少年と間違われることもあるくらいだ。ピィスが老婆になっていく姿など、エマには想像もつかなかった。
「なんでそんなに、老化がどうとか言うんですか? 私なんてピィスさんよりずっと老けやすい肌質ですけど、気にしたことないですよ」
「だってさ、あいつらは老けないんだもん」
 当たり前のように言われて、ぽかんとする。「あいつら」が誰のことを指しているのか気づくのと同じくして、ピィスが説明を付け加えた。
「あたしが三十になっても、四十になっても、もっともっと歳を取っても。カリアラも、シラも、サフィも、みんな今の姿のまま。あたし一人だけがお婆ちゃんになっていくんだ」
 彼らは、歳を取ることがない。少なくとも外見は変わらないままだ。
 いつも一緒にいる四人の中で、生身なのは彼女だけ。
「だから、少しでもあたしはこのままでいたい。隣に立っても違和感がない、歳の差を感じない女でありたい。お婆ちゃんになってもさ、肌が綺麗だったらそれなりに釣り合うだろう?」
 ピィスはそこまで考えて生きているのだ。おそらく他の三人が気づかないところで、いや、気づかれないように、日々体の調子を整えている。
 何しろいつも共にいる相手は、体の一部を壊しては、そのつど取り替えているのだ。
 生身である限り、彼女にはそれができない。ついてしまった傷は一生抱えていくことになる。老いて生まれた皺も、荒れてしまった肌も、生涯取り替えの効かない「一点もの」として。
 神妙な顔をするエマに向かって、ピィスはからかうように笑った。
「ま、結局はみんながいつまでもぴちぴちの肌でいるのが羨ましいってだけだよ。負けるもんかって、勝手に対抗心燃やしてるんだ」
 人さし指が伸びてきて、エマの頬をついと押す。ピィスはいたずらめいた顔になって、部下の顔をぐねぐねとこね始めた。
「や、やめひぇくだはいよー!」
「お前ももうちょっとはりを保たないと。あっというまによぼよぼだぞ〜!」
「よけいなお世話ですよー!」
 文句の声はだんだんと笑い声になってしまう。こわばっていた顔の筋肉も、背筋や手足もゆるりとほぐれ、二人は明るくじゃれあった。

at 22:41, 古戸マチコ(こと・まちこ), 人なる・過去見・ハヴリア

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