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リクエストSS「学園パラレル」

 一瞬だけ募集していたリクエストを受けまして、ひさしぶりに「人喰い魚が人になる」学園パラレルで一本。

 せっかく現代に舞台を移すのだから、現代ならではのネタを使いたいな!
 というわけで写真ネタです。デジカメの予定が個人的な趣味でフィルムに。
 どんなにデジカメ全盛になろうとも、電子書籍ではなく紙の本を愛するようにフィルムを使っていきたいです。いやデジカメも好きですけど。今回あんまりフイルムらしい話でもないですけど。

 パラレルとか関係なく、写真の小説はまたなにかいつか書きたいです。

 では、続きからどうぞ。


 放課後の教室はがらんどうで、とりとめのない雑談も気まずいほどによく響く。
 柄にもなく大きな笑い声を出してしまった後で、サフィギシルは自分たちの他には誰もいないことを確認した。机を挟んだ向かいに座る、カリアラが不思議そうにしている。
「どうしたんだ?」
「いや、別に。……それでさ」
 サフィギシルが話の続きをしようとしたとき、ヂッ、と奇妙に濁った音がする。
 そういえば、さっきから何回か聞こえていたような。校庭や他の教室から響く部活の音か、窓に虫でもぶつかっているのだろうと無視していたが、どうやらそうではないらしい。サフィギシルが改めて見つめると……カリアラの手元に、見慣れない四角い紙の箱があった。
 ヂッ、とまた謎の音。カリアラがその箱の一部を押すと、この音がするらしい。
 カリアラは顔色一つ変えず、ごく当たり前のようにその箱をいじった。
 箱の裏側にある何か部品らしきもの、それを親指でこするようにして回している。すると聞けば聞くほど耳障りに感じる、ジャッジャッという重くざらついた音が鳴るのだ。
「……なんだ、それ」
 サフィギシルは尋ねた。カリアラは少しだけ目を丸くしてサフィギシルを見ると、え、と口の形だけで呟いてまじまじとその箱を見る。もう一度サフィギシルに向けられた表情は、明らかに戸惑っていた。
「なんだ? ……あれ? これ、なんだったか?」
「俺に聞いてもしょうがないだろ。お前のじゃないのか?」
「あれ? そうだな。あのな、えっとな、なんだっけな、あのな、ハクトルがな、あのな」
「いいから、落ちついて話せ。ハクトルさんがなんだって?」
 もう、その名前が出てくるだけで嫌な予感しかしない。サフィギシルは動揺する自分の心をなだめながら、カリアラに説明をうながした。
「ゆっくり、最初から順番に言え」
「あのな、今日な、ハクトルがなー、これくれたんだ。えっとな、えっと……カメラなんだ。多分」
「カメラ? それが?」
 そんな紙でできたカメラなど、見たことがない。サフィギシルはカリアラの手から取り上げて確かめる。黒い厚紙に包まれたそれに説明の類はなく、だがよく見ると確かにレンズのようなものや、シャッターらしきものがあった。どれもプラスチック製で、全体的にひどく軽い。
 サフィギシルの知る「カメラ」は、鉄でできているもので、基本的にはデジタルカメラだ。フィルムを使う昔のカメラも一度触ったことがあるが、ひんやりと重いそれはいかにも機械らしかった。
 それなのに、こんなにも軽くて安っぽい箱がカメラなのか? サフィギシルは首をかしげる。
「違ったか? おれ、カメラって聞こえたと思ったんだけどな。違ったか?」
 サフィギシルに問われて自信がなくなったのだろう。カリアラは困った顔で、カメラとサフィギシルを交互に見つめた。
 すると教室の扉が開いて、委員会の用事を終えたピィスが戻ってきた。
「お待たせー。……ん? なにやってんの」
「あのな、カメラがな、違うかもしれなくてな」
「はいはい、ゆっくり喋ろうな。で、なんだって?」
 カリアラをいなしながらサフィギシルに尋ねるのは、もはやいつもの光景だった。
 サフィギシルはピィスに問題の品を見せる。
「これ、なんだか知ってるか?」
「ん? ああ、写ルんですか。久しぶりに見たなー」
「うつ? です? え?」
「え?」
「え?」
 三人がそれぞれに不可解な顔で見つめあった。
 一瞬の間を置いて、ピィスがおそるおそる訊く。
「……お前ら、使い捨てカメラ知らねーの?」
「使い捨て? ……えっ? 使い捨て?」
「えええ嘘だぁー! だってオレが子どもの時には、まだ普通に使ってたよな? そりゃ最近はデジカメとか携帯でみんな撮っちゃうけど、コンビニとかスーパーに売ってるじゃねーか! 夜景が綺麗に取れるやつとか!」
「ええ!? 見たことないぞこんなの!」
 ピィスはわざとらしいため息をつく。
「……これだからお坊ちゃんは……」
「か、関係ないだろそんなこと! なんだよ一般常識なのかよ」
「一般常識だよ。ほら、ちゃんと知っとけよ。ここがシャッターでー、一回押したらここを回して使うんだ。ってか、普通はもっと説明とか色々書いてるはずなんだけど、なんでこんなに真っ黒なの? 上から紙貼ってるんじゃねーか?」
 確かに、気をつけて触ってみると、なんとなく二重の包装になっているようにも思える。それにしても、とサフィギシルはカメラからカリアラに目を移した。
「お前、なんで使い方知ってたんだ」
「ハクトルが教えてくれた。これでな、サフィのプライベートな写真を撮れって」
「またこのパターンか!」
 以前、携帯電話のカメラでも同じ流れになった気がする。ハクトルはことあるごとにカリアラを使ってサフィギシルの私生活をあらわにしようとしているのだ。
「そんなに人の写真が欲しいのか……」
「ううん。あのな、ハクトルはな、……なんだっけな?」
「おーいがんばれー。思い出せー」
 ピィスがぱたぱたと架空の旗を振る。カリアラは記憶の中に散らばった言葉の端を引きずり出して、なんとか繋げようとしているらしい。きれぎれな単語が続いていく。
「もったいない? からな、フィルムが? まだある? からなー、最後までナントカってな、言ってたぞ」
「あー、これフィルムがまだ二十枚くらい残ってるんだ」
 ピィスがカメラに表示されている数字を指さす。
「ほら。デジカメと違ってさ、こういうのは最後まで撮りきらなきゃ、現像に出せないんだよ。多分。だからカリアラに使い切らせようとしたんじゃないか?」
「そうだ。それだ。そんなこと言ってたぞ」
「……何も俺を撮らなくても……」
 サフィギシルは写真を撮られるのが何よりも苦手で、いつもカメラを前にすると、石化したかのようにこわばって動けなくなった。無理やりに作った笑顔は不自然極まりない惨状で、自分の写っている写真も画像データも、極力見ないようにして生きてきたのだ。
「お前、写真嫌いだもんな。もっと気楽に撮ったり撮られたりすればいいのにさー」
「そんな簡単に行くか。苦手なものは苦手なんだ」
「そうなのか? サフィ、写真嫌いだったか?」
 カリアラは不思議そうにしている。今初めて知ったと言わんばかりだ。
 ピィスがカメラを手の中でもてあそぶ。
「サフィは撮られるのが嫌なんだろ。だったら撮る方に回ればいいよ。どうせこのフィルム使い切るまで、なんか撮らなきゃいけないんだろ。みんなで撮りっこしよう!」
「えっ、なんですかその楽しそうな響き」
 再び教室の扉が開いて入ってきたのは、帰り支度を済ませたらしいシラ先生だった。彼女はできるかぎり毎日カリアラと一緒に帰ろうとしている。気がつけば外は暗くなり始めていて、シラは教室の明かりをつけてやってくる。
「写真を撮るんですか? いいなぁ、うちにはカメラがないから撮れなくて……」
「だったらちょうどいいよ。シラ先生も撮ってあげる」
「いえ、カリアラさんを撮ってください!」
 きりりと澄んだ彼女の瞳に迷いはない。
「何十枚でも、何百枚でも! 今のカリアラさんを記録してほしいんです!」
「うん、揺るぎないよね先生は」
「むしろ、カメラ持ってなくてよかったよな……」
 彼女にカメラを持たせたが最後、一日中カリアラの勇姿(シラ比)を記録し続けるだろう。だがあいにくとシラはカリアラと同じかそれ以上に機械に弱く、機能を少なくした携帯電話ですらまともに使うことができない。デジタルカメラのデータ保存やプリントなど、あまりにも壁が高すぎるのだ。
「撮りっこって、わたしが撮ってもいいんですか? 壊したりしないでしょうか……」
「大丈夫だよ、ただ押して回すだけだから。印刷はお店がやってくれるしー」
「うん、大丈夫だぞ。おれにもできたからな!」
「すごい! よかったですねぇカリアラさん」
「……平和だな……」
 遠巻きにして逃げようとしたサフィギシルの肩を、ピィスがしっかりと掴む。
「まあまあ。兄さんも一緒に撮りましょうや」
「なんだその口調。お前らだけでやればいいだろ!」
「いーじゃん別にー。ほら撮っとけ撮っとけ。そして同じだけ撮られとけ。それが礼儀ってもんだ」
「まったく意味がわからない! とりあえず撮りたいだけだろお前はー!」
 抗議をしたところで聞いてはもらえず、ノリや流れに巻き込まれて結局観念するしかない。カリアラを撮ることができて嬉しいシラ、サフィギシルが撮られるのを見て面白がるピィス。そしてカリアラはみんなで同じことをするのが楽しくて、にこにこと笑いながらお互いにシャッターを切りあった。

         ※ ※ ※

「うおーい、写真できたぞー」
 ハクトルがその「成果物」を持って現れたのは、翌日の放課後のことだった。
 教室で待ち構えていた四人、主にシラとピィスが期待に満ちた顔でハクトルを迎える。だが一旦取り出された写真屋の封筒は、彼女たちに渡される前にぴたりと空で止められた。
「なんだよトル兄、もったいぶって」
「そうですよ。早く見せてください」
「俺もそうしたいんだけどさあ。ちょっと勇気が……」
「勇気?」
 目をそらして逃げようとしていたサフィギシルが、顔を上げた。
「……ひどい写りだったとか?」
「いや、俺もまだ見てない。つーか、見るのが怖い」
「どうしてですか。恐ろしいものを写した覚えはありませんよ」
「うん。せんせーたちのはいいんだけどさ。カリアラに渡す前の、最初のがな……」
 煮え切らないハクトルの様子に、ピィスが突っかかる。
「なんだよ、はっきり言えよ。らしくない」
「んー。まあぶっちゃけると、これ最初はビジス学長からもらったカメラだったんだよ」
「爺さんから?」
「そ。なんかの用事で隠し撮りカメラとして改造したとかなんとか。でもやっぱ別のデジカメの方が効率がよかったから、こっちはお払い箱になったとか? まあそのへんはあんま信用してないんだけど、つまり最初の四枚はビジスが撮った写真が入ってるんだ。この中に」
 ハクトルはプリント済みの写真が入った封筒を示してみせる。
「で。ビジスが何を撮ったかって言うとな。……ぺシフさんの『あられもない姿の写真』らしくて」
 がたがたと音を立てて、ピィスが席から転がりかけた。
「は、はあ!? なっ、なんだよそれ!?」
「いやー、俺もどのくらいあられもないのかわかんねーんだけど、とりあえず見たいだろ? 気になるだろ? でもやっぱり実物を前にすると見るのが恐いだろ?」
「み、見たくなっ……な、ない……けど……」
 だがズバリ言い切るほどには気持ちが確かでないらしい。ピィスは頭を抱えて「み、見たい? 見たくない?」と自分に問いかけている。シラがあっさりと答えた。
「それはもちろん見てみたいと思いますが……」
「見たいの!?」
 サフィギシルの反応を無視してシラは続ける。
「それがあまりにもあられもなさすぎたら、ペシフィロさんの今後の社会的な立場とか、ピィスさんとの関係が危うくなるかもしれませんし……」
「そんなに危ない写真なの!? どういうのを想定してんだよ!」
「あられもないと言うのなら、もちろんあられもないんでしょう? 例えば」
「わー! 言わなくていい、言わなくていい!」
 堂々と危うい言葉を口にしそうなシラを押さえて、サフィギシルはハクトルに提案する。
「とりあえず、最初の四枚だけ見ないようにして、俺たちが撮ったやつだけ出せば……」
「あれ。皆さん、まだ残っていたんですか?」
 全員の肩が跳ねる。現れたのは目下話題に上っている、ペシフィロ本人だった。
「早く帰らないと、近ごろは暗くなるのが早いですからね。ピィス、一緒に帰りますか?」
 だがピィスは答えない。皆気まずい面持ちで、ペシフィロから目を逸らしている。
「え? どうしたんですか、そんな顔して」
 各人の頭の中には、いろんな姿のペシフィロが浮かんでいることだろう。
 だがカリアラだけはいまいち事態が理解できず、あっさりと尋ねた。
「ぺシフ、お前のあられもないすがたってなんだ?」
「へ?」
 声にならない悲鳴が上がるが、カリアラは気に留めない。
「写真にな、写ってるんだ。見るのがこわいって言ってるぞ」
「……何の話ですか?」
 いきなり言われて理解できるはずもない。誰も口を開かないので、サフィギシルが仕方なく説明する。
「いや、それが……」
 これまでの事情を聞いたペシフィロの様子は、皆が思っていたよりもずっと落ち着いていた。
「あられもない姿ですか。ヌードとか、そういうのですかね」
「ぬ、ぬーど……」
 その言葉と目の前の人が結びつかなくて、全員が微妙な顔をする。
 だがペシフィロはあくまで真面目に考えているようだ。
「写真は最近のものなんですよね? 最近は、特にはビジスの前で全部脱いだ覚えもないですし、そもそもカメラの気配も感じなかったので……大丈夫じゃないですか? 心当たりがありませんよ」
「最近以外では脱いだ覚えがあるんですか?」
「まあ、着替える時には脱ぎますからね」
 あっさりと言われてしまうと、深読みしていたことが恥ずかしくなってくる。サフィギシルとピィスは、お互いに複雑な笑みを浮かべあった。
 ペシフィロがハクトルに手を伸ばす。
「一応、先に見せてもらっていいですか? 変な顔でも撮られているかもしれません」
 受け取った封筒を確かめながら、ペシフィロは穏やかに微笑んだ。
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ。これを撮られていたらまずい、というものが特にないので」
 その笑みが、凍りつく。ペシフィロの顔色は一瞬青ざめたように見えたが、すぐに赤く燃え上がった。
「……先生?」
「えっ、あっ、その、ちょっ、こ、これっ」
「落ちついて! なに、どんな写真だったの!」
 皆の視線が集まったところで、ペシフィロはのけぞるようにして写真を隠した。
「わーっ!! だ、だだだだめです! これはだめですーっ!!」
「ど、どう駄目なの!? 十八禁!?」
「子どもにはまだ早いジャンルですか!?」
「違います! 違うけどその、人様にお見せできるものでは……っ!」
 シラとピィスの目つきが変わった。
「不思議ですね……そう言われると逆にどんどん見たくなってきます」
「だよなー。さっきまで見ないでいいと思ってたのに。不思議〜」
「こわいな……」
 カリアラが思わずそう呟くほどの迫力である。サフィギシルが隣でこくこくと肯いた。
「いやらしくない写真なら、ここで見せても大丈夫でしょう?」
「そうだよミドリさん。プリント代は俺が払ったんだからさー」
「だめですっ! こんな写真……あっ」
 背中に回ったピィスが、隙をついて写真を奪う。
 教室を駆け回ってペシフィロから素早く逃げつつ、問題の写真を確かめ……怪訝な顔で立ち止まった。
「……なんだこれ」
「どんな写真なんですか。見せてください」
 駆け寄ったシラも、それを覗き込んでよくわからないという顔をする。
 ペシフィロだけが、真っ赤な顔を恥ずかしげに隠していた。

 残りの者も集まって、全員でその写真を検分する。
 そこには教育的によろしくない、禁じられるべきものは何も写っていない。
 その代わりに、極限まで気の抜けた、口を半開きにしてぼんやりと呆けているペシフィロの顔のアップだとか、心底うんざりとした表情で、カメラ、つまりビジスを見上げるペシフィロ、よだれをたらして熟睡するペシフィロの間抜けな寝顔が収まっている。
「……だから見ないでくださいって言ったのに……」
「……うん。まあ、確かに『あられもない』な」
 サフィギシルの呟きに、まばらなうなずきが続いた。
「こんな気の抜けた親父の顔、初めて見たよ……。家でもここまでリラックスすること、ないもんな」
 一枚目のペシフィロは、まるで中の人がいなくなった着ぐるみのように両手両足を投げ出していて、表情筋を完全に緩めきってしまっている。多少のうっかりはあっても、いつも比較的しっかりとしている彼のこんな表情は、これまで誰も見たことがなかった。
「この嫌そうな顔、いいなあ。俺もこんな風に見下されたい」
 ハクトルが羨ましそうに見つめるのは、カメラを持つビジスに対して、触れれば怪我をしそうなほど刺々しい表情をしたペシフィロだ。いつもは穏やかで優しい彼のこんな表情は、もちろん誰も見たことがない。
「学長にはこんな顔するんだなー、いいなーいいなー」
 シラが笑顔で答える。
「大丈夫。ハクトルさんも、そのうちこんな顔で見てもらえるようになりますよ」
「ホント? 俺期待してどんどん悪いことしちゃうよー?」
「ハクトル……」
 冷えた呼びかけは十分に期待が持てるものだっただろう。ハクトルは嬉しそうに舞い踊った。
「ところで、この熟睡してる写真。よく見たら爺さんの肩に寄りかかって寝てるように見えるんだけど」
「ああ、つい安心してよく眠れてしまうんですよ。だからこんな顔に」
「安心……?」
 それはビジス・ガートンという人間のそばにいる限りは何よりも遠い言葉に思えたが、ペシフィロはそれが当たり前のような顔をしている。
「世の中で一番強い生き物ですからね」
「いや、それはそうかもしれないけど……」
 あまり深く追求するのはやめて、サフィギシルは残りの写真の入った封筒を取る。
「よく考えたら、この中にある写真もどんなものかわからないよな。その写真に写ってるのは、爺さんの目から見たぺシフさんなんだろ? ってことは、この中には、俺から見たみんなとか、みんなから見た俺がそのまま写ってるってことになる」
「カメラの目は撮った人の目ってこと? まあ、それはそうかもなー……って、なんで隠すんだよ。みんなで見ようよ」
 ピィスが手を伸ばしても、サフィギシルは後ろ手に写真を隠してにじり下がる。
「いや、なんか嫌な予感がして……」
「大丈夫、もうオチは見えましたよ」
 いつの間にか背後に回っていたシラが、あっけなく取り上げる。
 声にならない悲鳴が上がるのと同時に封が開けられて、机の上に写真が散らばる。
 そこには、互いに取り合ったみんなの顔が写っていた。
「……やっぱり。笑ってる」
 シラの呟きが聞こえないよう、サフィギシルは真っ赤な顔で耳をふさいでいる。
 みんなが撮った写真の中のサフィギシルは、あるものは不安そうに、あるものは疑い深そうな目つきでカメラに警戒心を向けている。
 だが、カリアラが撮った何枚かだけは、心からくつろいだ表情で、時には微笑み、時には楽しそうに声を上げて笑っていた。
「…………」
「…………」
 シラと、ピィスの視線が突き刺さる。
 彼女たちのカメラには絶対に写らない顔がそこにはあった。
「こんな顔してるなんて、ねぇ……」
「オレたちがいるときは、こんなに明るくないよなー」
「そうか? サフィ、いつもこんなだぞ」
「お前の目にはいつもそう見えてるんだろうな」
 ピィスがふと気づいたように、写真を並べ替え始める。撮影した順にずらりと小さなサムネイルが連なるコンタクトプリントを元に、これはカリアラが撮ったみんな、これはシラが撮ったみんなと、撮影者ごとにまとめたのだ。
「あっ」
 すると、とてもわかりやすい結果があらわれた。
 カリアラが撮ったサフィギシルは、シラは、どれも笑顔で写っている。特にシラは幸せがあふれんばかりに輝く表情だ。ピィスだけはどこか呆れた顔をしているが、苦笑に近いそれも、カリアラを見守るような優しさに満ちている。
 これが、カリアラの見ている世界。彼にとってのみんなの姿。
「……いい生活してるな、お前」
「? 何がだ?」
 きょとんと見上げるカリアラは、それがどんなに恵まれたことか理解していない様子だ。カメラごしにカリアラを見つめるみんなの目は、いつも面白がっているようで、微笑ましく見守るようで、時には驚きと尊敬すら生まれていく。いくつもの温かさに囲まれて彼は生きているのだ。
 シラが撮った写真の場合、サフィギシルは恥ずかしそうに目を逸らしているし、ピィスは明るく決めポーズを作りながらも、視線には少し緊張が見える。
 ピィスが撮ったものでは、サフィギシルは「何かおかしなことをするんじゃないか」と警戒しつつうっすらと睨むように見つめているし、シラはぎこちなく背筋を伸ばしてフレームに収まっている。
 カリアラは何故かピィスが撮ると逃げるように顔を背けるが、誰が撮っても基本的には同じ真顔で、まるで魚眼レンズの中央に佇む生き物のように、じっとカメラを見上げていた。
「……写真って、他の人の見てる世界を見せてもらえるんだな」
 サフィギシルは改めて感心する。これまでは、ただの機械としか考えていなかったが、こうして比べてみると面白いものなのかもしれない。
 ただ、今回の実験で何人かが確実に恥ずかしい思いをしてしまったのだが。
 ハクトルが、ペシフィロの写真を手に質問する。
「とりあえず、ミドリさんはもうちょっとビジスを警戒したほうがいいと思う人ー」
 カリアラ以外の全員が迷わずに挙手をして、ペシフィロは恥ずかしい顔を隠してうなだれた。

        ※ ※ ※

 夕食が終わり、風呂にも入り、完全にくつろぐ準備ができた夜の部屋で、ピィスは机に向かっている。
 宿題をしているのだが、教科書の下に隠したものが気になって進まない。
 ピィスは一問解いてはそれを確かめ、また一問解いては取り出した。
 ハクトルからこっそりと買い取った、二枚の写真。一枚は、カリアラが撮った、楽しそうに笑うサフィギシルが写っているもの。そしてもう一枚は、とっさにしまって他の者には見せなかった、ペシフィロの写真だった。
 ビジスが撮ったその一枚には、子どものように無邪気に笑うペシフィロが写っている。
 ペシフィロは、ピィスに対していつもにこやかに微笑んでいる。だがこんなにも、無防備に、すべてを開放して大きな声を立てて笑うことはない。これは、ビジスにしか見せない表情だ。
 サフィギシルの笑顔も同じ。絶対に、ピィスに対してこんな顔はしてくれない。
「……くそ。いつか見てやるからな」
 この目で確かにしっかりと。頭の奥では不可能とわかっているが、諦めるのは悲しすぎる。
 ピィスは赤らんだ顔をこすると、二枚の写真の上に教科書を強く置いた。

at 22:28, 古戸マチコ(こと・まちこ), 人なる・過去見・ハヴリア

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