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人なる短編「その想いを、もてあます」

  なんだか急に書きたくなったので、久しぶりに本編の今止まってるところの時間軸での「人喰い魚が人になる」短編を。
 そういえば今こんな感じだったのよねー、という自己確認もこめてやってみました。

 この時間軸の話は久しぶりだったので、サフィギシルとカリアラがわかりあっているのに自分でも「へぇー」となりました。仲いいんだよね本当は。でもツイッターとか落書きになると、どうしても魚がうさぎをいじめる構図なんだよね。うん。

 シラは微妙なポジションなので今回はパスで。そのへんは本編で。本編書きたい。

 それでは、ささやかな話ですがよろしければ続きからどうぞー。



 

『その想いを、もてあます』


 突然なんの前触れもなく、カリアラはピィスに耳を引かれた。
「うわ! なんだお前、冷た!」
 そう言われても、いきなりのことに驚いたカリアラは、釣り上げられた魚のように震えるしかない。びく、びくりと不規則に引きつる彼を気にせず、ピィスはますます強く耳の縁をつまみあげる。
「これ相当痛いだろ、大丈夫か? 赤くなってないから温かいかと思ったのに、これじゃオレの手の方がマシだ。ちょっと我慢してろ、温めてやる」
 逃げようとするカリアラの肩を引き寄せ、ピィスは両手でカリアラの耳をどちらもしっかり手中に収めた。指の腹でさわりと耳の縁を撫で、手のひらに包み込むようにする。カリアラはただでさえ丸い目をさらに見開いて、まばたきもせずピィスを見つめた。
 いや、見つめざるを得ないのだ。二人の顔は、白い息がかかりあうほどに近づいているのだから。
「ほら、ちょっと屈め。この姿勢つらいから」
 頭一つ分低い位置から文句が飛ぶ。ピィスは目一杯に背伸びをしているのだ。
 だがカリアラは動かなかった。動けなかった。思考すら止まったかのように硬直し、ただされるがままにしている。ピィスはつま先を震えさせながらも彼の耳にとりついて、その赤い髪をカリアラのあご下に潜り込ませた。
 小さな額をカリアラの喉に押しつけて、体温を確かめる。
「あー、もう全身凍えてる。そうだよな、木と石と鉄で出来てるんだから、ガチガチに冷たくなるよな。……なんだよ、大丈夫か? 息してる?」
 唯一の生存を知らせるかのごとく、中途半端に開いたカリアラの口からは真白い煙が噴き出している。冬の空気が冷たいせいなのだが、ぴくりともしない体から出ると、まるで故障してしまったかのようだ。ピィスは怪訝に彼の顔を覗く。
「なんだよ。どうした?」
 カリアラは目をそらした。彼にしては珍しい行動だ。だが最近は、ピィスを前にするとしばしばこういうことになる。どうしても彼女の顔を見ていられないといった風に、緊迫して顔をそむけるのだ。
 ピィスはそのたびに不機嫌になる。今もまた、あからさまに眉を寄せた。
「嫌なら嫌って主張しろよ。言わなきゃわかんねーだろ。ほら、どうした。何か言えよ」
「……い、い、こま、ど、た、う」
 筋が引きつれそうなほどねじまげた首が、みるみると赤く染まっていく。カリアラは口の中でもごもごと何か言おうとしたが、どれも言葉にはならなかった。
 ピィスはそんな彼を不審げに見つめていたが、突然はあっと大きな息を吹きかける。
 生温かい風にまみれて、カリアラはびくりと揺れるとその場で大きく転んでしまった。
 ピィスは笑う。
「ばーか。お、温かくなったか? だいぶ赤いぞ」
「お、お、おれ、はっ」
「こんなことしててもしょうがないな。早く帰って、暖炉にでもあたっとこう」
 けろりとしてピィスは建物を指さし、どんどん先に行ってしまう。
 カリアラは色あせた地面にへたりこんだまま、苦しげに胸のあたりを掴んだ。

       ※ ※ ※

「最近、カリアラ成長したよな」
 淹れたばかりの紅茶を冷ましながら、ピィスが言う。
 サフィギシルはポットを手にしたまま固まった。
「……どういうところが?」
「なんていうか、お前に似てきたなって。無駄に恥ずかしがるところとか、構うと怒るところとかさ。やっと幼児並みになってきたのかなー」
 サフィギシルは視線を迷わせる。どこを見るべきなのか、どう答えたらよいものか、うろうろと探っているようだ。
 ピィスはそんな彼の様子を、まるで遠くから覗くように見る。決して間近に目を合わさないように。
 紅茶のカップを持つ指の先まで緊張が支配していることに、サフィギシルは気づかない。
 彼女の声が、いつもよりほんの少し甘いことにも。
「なんか昔のお前と遊んでるみたいで、変な感じ。……うん。美味しい」
 サフィギシルは口を開いた。だが言葉は出てこない。言うべきか、言わざるべきかと悩む顔は不安に揺れ動いたが、じっと紅茶を見つめるピィスは、そんなことは知るよしもない。
 二人の考える物事は決定的に食い違ったまま、なんとなく時は過ぎていく。

       ※ ※ ※

 今日の出来事をすべて話し終えて、ななはぴたりと動きを止めた。
 ペシフィロが、おや、という顔で彼を見上げる。ななの表情にわずかな緊張が走った。
 顔色というものを隠す使影のことだから、他の者が見たところで気づきはしなかっただろう。だがペシフィロはそのわずかな異変を見逃さない。
「……他に、何かありましたか?」
「いえ」
 即答するのは逆に怪しい。ペシフィロは、ななの目にぐいと視線を食い込ませた。
 動揺するななに、笑ってみせる。
「疲れているんでしょう。いつもよりわかりやすい」
 ななは曖昧な目つきで立っている。ペシフィロは彼をこれ以上弱らせないよう、何もない場所を向いて続けた。
「重大なことなら教えてください。そうでなければ、お任せします」
 ななは口を開くでもなく、立ち去るでもなく、その場でただ迷っている。
 ピィスに起きていることを、この病床の父親に伝えるべきかどうか。
 カリアラが彼女に対してどんな状態にあるのかも、ピィスの見ている相手のことも、ななはよく知っている。昼間の出来事はすべて観察済みなのだ。ペシフィロには、それらをできるだけ伝えるようにしている。
 だが、まだ全ては表に出ていないのだ。彼も彼女も感情を心の中にしまっている。たとえ外から見ればあからさまな事実でも、本人たちは気づいていない。未然のことをわざわざ伝えて、ペシフィロの安静を乱すのはよくないだろう。
 そう、わかっているのに、ななは無言で立ち去ることができなかった。
 言いたいのだ。本当は。
 自分の手の届かないところで、ピィスの心が動いている。ピィスに動かされている者もいる。まだ若い彼らの生み出す感情の波が、あちらでぶつかり、こちらへ引き寄せ、不思議な干渉力をもって、大きなうねりになっていくのだ。
 ななもまたその動きに障りを受けて、心穏やかではいられなかった。
 もし、ペシフィロにすべてを伝えることができれば、このどうすることもできない感情を分かち合えるだろうか。
 ななは誘惑にかられて口を開きかける。だが言葉は出ないままに凍り、ペシフィロは彼を見て微笑んだ。
「無理に言わなくてもいいんですよ。本当に緊急のことだったら、あなたはすぐに教えてくれるでしょうし。言いたくなったらいつでも教えてくださいね」
 ななは深く頭を下げて、その場を退く。
 ペシフィロはまだ何も知らないまま、ゆったりと眠りの支度を始めた。

      ※ ※ ※

「……あのな、おれな、ぎゅってな、ここがな……」
「うん。そこだな。知ってる」
 サフィギシルは一つ一つ確かめるようにうなずいた。
 今夜もまた、恒例の診断が始まっている。カリアラは近ごろ毎晩、サフィギシルを別室に呼び出しては困惑して訴えるのだ。ピィスといると、熱くて熱くて燃えそうだ。焼き魚になるかもしれない。心臓も苦しくて、いつも息が止まってしまう。言葉が全然出てこない。
「おれな、おれな、もうピィスといるのいやだ。ぎゅうってなるし、熱いし、わけがわかんないんだ。でもな、でもな、でも……」
 カリアラはくしゃりと顔を歪めて続ける。
「ピィスがいないと、もっとぎゅうってなるんだ。ここだけじゃなくて、全部な、ぞうきんみたいにな、ぎゅうぎゅうなんだ……」
「うん。わかるよ。うん」
 サフィギシルは慌てず騒がず、落ちついて相づちを重ねる。始めの頃こそ、突然のカリアラの変化に驚き戸惑ったものだが、何度も繰り返すうちにいい加減に慣れてきた。
 それでも、あまりにも純粋なカリアラの訴えには、聞いている方が苦しくなる。
 カリアラは今、ピィスのことしか考えていないだろう。
 だがサフィギシルは、シラのことを思わずにはいられなかった。
「大丈夫。俺にも時々あることだから。心配ない」
「そうなのか? おれ、燃えないか?」
「燃えないし、焦げないし、ついでに雑巾にもならない。お前を作った俺が言うんだ、間違いないだろ?」
 カリアラはそれでも不安なのか、胸を押さえて執拗に同じ言葉を繰り返す。
 同じだけ不安に、サフィギシルはシラのことを考える。
 彼女は気づいているだろうか。もし知れてしまったら、どんな風に思うのだろう。カリアラのピィスに対する感情はこれまでにないもので、きっと、同じだけ強くどうしようもない焦がれがシラには向かうことはない。サフィギシルには不思議とそれがわかっていた。
「おれな、変なんだ。ずっとずっと、変なんだ」
「うん。変だ。だけど壊れないから心配するな」
 それは恋だと教えられない。
 カリアラは知ったが最後、シラのことなど見もせずに、ひたむきに突き進むだろう。取り残される彼女を思うと、サフィギシルはカリアラがどんなに苦しんでいても、真実を告げることができなかった。
「サフィ、直してくれ。もうな、いやなんだ。苦しいんだ……」
「ごめんな。うん、できたらいいんだけど。ごめんな……」
 せめて胸を押さえるカリアラの手に、そっと手を重ねてやる。
「……俺も苦しいよ。お前よりはつらくないけど、でも、ぎゅっとなる」
「そうなのか? ……いやだな。苦しいな」
「うん。苦しい。嫌だな……」
 カリアラの表情は少しやわらいだ。きっと、苦しみを分かち合えたと思っているのだろう。本当はまったく違う方向を向いているのに。
「ごめんな」
 サフィギシルは罪悪感と安堵をないまぜにしつつ、重ねた手に力を込めた。

[おわり]

at 01:20, 古戸マチコ(こと・まちこ), 人なる・過去見・ハヴリア

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