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「夜のたわごと」(「はなうたう」ネタバレ小話)

  なんか気がついたら律と暗の小話を書いていました。
 誰に望まれたわけでもないのに! 他に書かなきゃいけないものがあるのに!!

 他に書かなきゃ以下略があるからこその行動ですね。はい。

 とりあえず「はなうたう」ネタバレですので、本編読了後にどうぞー。





 もう眠る時間だというのに、晃はまだ部屋を出て行こうとしない。
 律はため息をついてみた。大きな身振りで書物を片付けて、明かりの数を減らしてもみた。「さあ、そろそろ眠らなければな」とわざわざ口に出しさえしたのだ。それなのに晃は出て行かない。律はうんざりと言った。
「……いい加減にしろ」
「何のことです?」
「お前がそこにいたら、私が眠れないではないか。さっさと自分の部屋に戻れ」
「だって寒いんですよゥ。いいじゃないですか、この部屋は坊ちゃん一人のためだけに温めてあるんでしょう? そんなのもったいないですよ。晃にも少しわけて下さい」
「よくわからん理屈をこねるな!」
 反射的に怒ったものの、晃を無理やり追い出す気にはなれなかった。本人は温かいと言っていたが、暗がりの窓辺は火鉢から遠く、近づくのも嫌なほどに冷えている。寒いのが嫌ならもっと温かな場所に近寄ればいいものを、晃はいつも通りの黒服に鴉の面、厚めのこれまた黒い布を首に巻いた闇の塊のような出で立ちで膝をついている。
 いついかなる時でも、律に危険が迫れば即座に立ち上がり、身を護るに違いない。
 部下として、暗吏としてこれ以上なく正しい姿勢を貫くのは結構なのだが……。
「……お前も一応は女だ。同じ部屋に置いたまま眠るわけにはだな……」
「坊ちゃんの寝顔って可愛いですよねぇ」
「なっ!? ななな、なんだっ、いつ見たんだっ!」
 律は赤い顔でのけぞった。窓辺の鴉は、声だけは面白そうに笑っている。
「お母上の香を焚くと、すぐに安心して眠ってしまわれるじゃァないですか。いやァ、いいものを拝ませてもらってますよ」
 面が邪魔をして表情はわからないが、からかわれていることは確かだ。
 律は行き場のない感情を拳に込めて、ぺたぺたと壁を叩いてみた。
「思いっきり殴ったほうが気持ちよくないですか?」
「私はそんな無駄に痛いことはしない!」
 こうして貴重な睡眠時間を削っているのも無駄なことだ。律はそう自分に言い聞かせて、今度こそは強く怒鳴ってやると決意のまま晃のいる方を向いた。
 だが、口を開いたまま固まってしまう。
「どうしたんですか? 上手い罵倒が見つからないとか?」
「……お前、普段はどこで眠っているんだ?」
 気がついたのだ。夜中にふと目覚めて喉が渇いていると、枕元に一杯の水が出てくる。嫌な夢ばかり繰り返し見ては起きてを繰り返す夜も、いつの間にか馴染みの香が焚かれて、穏やかに眠ることができた。あれはすべて晃のしわざではなかったか。
「いつの間にか消えているから、自分の部屋に戻って眠っているものと思っていたが……もしや、ずっとこの部屋に……?」
「えー、さすがにそれはないですよ」
 あっさりと否定されて、その場に崩れそうになる。
 晃は相変わらず軽く続けた。
「ま、坊ちゃんの寝言がおかしければ、すぐに駆けつけられる程度の側にはいるかもしれませんが。でもねェ、最近ほんっと寒くって。雪も降るし、さすがに外で眠るのは厳しいです」
「何故外でということになる。自分の部屋に戻ればいいじゃないか」
「部屋なんてありませんよ」
 これまたあっさりと言われて、律は目が点になる。
「……は?」
「だって坊ちゃん、そんなもの下さらなかったじゃないですか。使用人部屋はいっぱいだし、しょうがないから晃は厩で眠っております。わらは温かいですしね。でも最近はそこも……」
「それを早く言えーっ!!」
 怒鳴ったのは晃になのか、それとも気づかなかった自分になのか。
 律は不思議とひどく屈辱的な気分になって、せわしなく顔をこすった。
「くっ……そ、そこまで気が回らなかったのは、その……私の失点だ」
「いいんですよゥ。坊ちゃんはご自分で人を使うということに慣れていらっしゃらない」
 ぐぬぬと声を詰まらせてしまう。確かに、これまでは父である皇帝の遣わした者をそのまま部下として受け入れていた。完全に、律の意志だけで配下に置いたのは、晃が初めてなのだ。
「そんな初心丸出しの坊ちゃんですから、晃は諦めて雪の中に眠りますよ」
「待て待て待て! 早まるな!」
 窓から出て行こうとした晃を引きとめ、ついでに首巻きの端を掴んで火鉢の側に連れて行く。
「もー、首が絞まるじゃないですか」
「なんなんだお前は……ともかく、少しは火に当たれ! お前が風邪など引いたら、それは私の責任だからな!」
「明るいところは落ち着かないです」
「わがままを言うな!」
 落ちついて眠りたいがための口出しだったはずなのに、気がつけば声を荒げてばかりで安眠できる気がしない。なんだか無駄にほかほかと温もってきたくらいだ。
「さて、部屋をどうするか……今から誰か起こして用意させるか……」
 ぶつぶつと呟いていると、晃が軽々と口を出す。
「ここで眠らせてくださいよー。隅っこで大人しくしてますって」
「いいや、駄目だ。男としてそれはできん」
 時々忘れかけるが、晃は一応は女なのだ。暗く寒い部屋の隅に放置するなどできない。そもそも、同じ部屋で眠るということ自体が……。
「じゃ、一緒に閨(ねや)で寝ます?」
 律は固まる。晃はどうやら笑っているようだ。
「別におかしなことはしませんよゥ。なんなら、頭からつま先まで、動物の毛皮でも被りましょうか? 熊と同衾するのも温かくてよいでしょう。……なーんて、じょうだ……」
「わかった。そうしよう」
 今度は晃が固まる番だった。しばらく無言で佇んだ後、首をかしげて己を指さす。
「……熊になりますか?」
「そんなものは必要ない。中に仕切りを作るなり、私が熊を被るなりして、おかしなことが起こらないようにする。こんなに長い間部屋を与えず、寒空に放置したんだ。私にはお前を温かく眠らせる責任がある。いいか、私は断じてよからぬことなどしない。ただ、お前と、偶然に、ひょんなことで、同じ閨の端と端に居合わせただけだ。いいか?」
 律はおそらくぽかんとしているであろう晃を置いて、先に壁に埋め込まれた広い閨へと入る。その奥、普段は少し空けてある空間ぎりぎりに詰めて横たわり、枕元の明かりを消すと、まだ閨の入り口に突っ立っている晃に向かって、「……来い」と、空いている場所を叩いた。
「な、ななな」
「な?」
 珍しく晃の声が震えている。表情は面に隠れて見えないが、それは一体どういうことだろう。
 律が訝しく目をやると、晃は飛びきり明るい声で言った。
「なーんちゃって! もう、晃の戯言を信じちゃァ駄目ですよゥ。外で寝ているなんて真っ赤な嘘ですとも。晃にもそれなりの人脈で、居候させてもらえる部屋はあるんですよ」
「は!? なんだお前、さっきは……」
「だーかーら、冗談ですって。まったく坊ちゃんはお優しい。そんなに晃のことを考えてくださったなんて、嬉しくて涙が止まりませんよ」
「嘘を言え嘘を!」
 律は脱力してその場にうなだれた。
「……お前という奴は……」
「はいはいお説教はそこまで。晃は素敵で温かいお部屋に行きますからね。ま、明日くらいにでも、それなりに粗末で雨風を防げる専用の部屋を頂きたいものです。とにかくそろそろ休みましょう。はい、おやすみなさーい」
 そう言うと、素早い動きで窓から出て行ってしまう。
 律は空いた口がふさがらない気持ちで、倒れるように横になった。

       ※ ※ ※

「……で? あたしのところに来たってわけ?」
「お願いしますよパフューム様ー。今夜だけ泊めてください」
 深々と頭を下げる晃に、パフュームは深く吸い込んだ煙を吐く。ジャスミンの香りがそこらに漂った。寝入りばなを起こされて、よくわからない主従ののろけ話なぞ聞かされたあげくに「泊めてください」とは恐れ入る。だがどんなに非常識なことをされても、雪の降る中に晃を一人追い出す気にもなれなかった。
「まあいいんだけど。あたしだって一応男よ?」
「重々承知の上です。ホント隅っこでいいんで」
「そういうわけにはいかないでしょ。ったく、あんたはどこで眠るのにも慣れてるかもしれないけど、普通の人間の感覚からしたら、とても放っておけないの」
 この得体の知れない娘は、そこらに生えている雑草よりも打たれ強い。だからと言って、道端の石ころのように扱っていいわけではないのだ。
「律だってそういうつもりであんたを誘ったんでしょう。下心なんてない、純粋な責任感じゃない。甘えちゃえばよかったのに」
「……晃にもですね、できることとできないことがあるんですよ……」
 色々と思うところがありそうだが、聞くと面倒なことに巻き込まれそうなので受け流す。
「で、あたしとは同じ寝床で大丈夫なわけ?」
「はい。もうばっちりです。お互い大丈夫な気しかしません」
「……まあそうだけど。嫌ねぇもう。男としての何かが枯れてきたんじゃないかしら」
「保護者としての能力が高すぎるんですよ、きっと」
「言うわねあんたも……」
 カナンといい、晃といい、近ごろの娘は皇子たちの何倍もたくましく、そして図々しい。
 再び布団の中に戻れば、晃は隣で一枚も被らずに背を丸めている。
 パフュームはため息をつき、横に積んであった厚手の布を取ると、説教代わりにその体にかけてやった。
 眠る時まで仮面を外さない彼女の体は、安らぎもせずこわばっている。
 優しくされることに慣れていない生き物の姿勢だ。パフューム自身、こんな風に身を丸めてばかりいた頃があるから、よくわかる。
「……案外簡単に慣れるものよ。いいことにも、悪いことにもね」
 最後の煙を天蓋に吐くと、パフュームは火を消して眠りについた。

[おわり]

at 01:28, 古戸マチコ(こと・まちこ), はなひらく

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