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「花のあと」(エイプリルフール短編)

 ご無沙汰しておりますエイプリルフールでございます!

 今年もグーグルやら青エク映画公式やらがえらいことになっている中(クオリティ高すぎるよ!)、なんかやりたい誘惑に負けてちょっとした小話を書きました。ええもちろんスケジュール的には書いてる場合ではありません。でもやりたかったから! しかたがない!

 エイプリルフールだからこれも許されるかなー、というネタです。
 ネタものなのにしんみりとしたお話なのでご注意を。なんか色々とスミマセン。


 ご質問にはすべて「エイプリルフールですから!」でごまかしたいと思います。
 ちなみに限定公開というわけではなく、普通に置きっぱなしにしておきますのでいつでもご覧ください。

 ↓それでは、以下のリンクからどうぞー。




『花のあと』

 こんな春の始まりに、肝試しでもするのだろうかとペシフィロは呟いた。
「何の話だ?」
 いかにも「出そう」な巨大廃墟に踏み込みながら、ビジスは口元を歪めて笑う。
「そんなに怯えなくていい。ここはそこまで危険な場所でもないさ」
「いや、どう見たって入っちゃいけない部類ですよー!」
 ビジスが不法侵入しようとしているのは、どうやらかつては立派な別荘か何かだった場所らしい。だがささやかな灯火に照らし出されているのは、何十年と放置されて上から順に崩れ落ちた壁の残骸と、その土色の塊すら隠してしまうほどに高く茂った雑草だった。草の向こうは完全なる闇の塊で、一体何が待っているのか恐ろしい想像しか浮かばない。
「大体、なんでここだけ妙に草が元気なんですか。他はまだほとんど冬景色なのに」
 ついこの間までは皮膚が裂けそうなほどに冷たい季節だったのに、どうしてこんなにも緑が激しく立ち昇っているのだろう。ペシフィロは腑に落ちない気持ちで、そっと首だけを壁の内側に覗かせてみる。ビジスはその間にもためらいなく草を踏んで暗がりに入っていった。
「ちょっと待って下さいよ! 本当にここで野宿するんですか!?」
 都から遠く離れた田舎とはいえ、しばらく行けば泊めてもらえそうな民家もあるのだ。それなのにビジスはまるで我が家にでも帰ったかのような足取りで、どんどん奥と消えていく。
「ああもうっ! 何か出ても知りませんからねー!」
 ペシフィロは遠ざかるビジスの背に叫びながら、こわごわと壁をまたいだ。
 妙に生ぬるい風が肌を撫でる。だが、こわばった背筋はまたすぐにゆるくほどけた。
(温かい……まだこの時間なら冷え込んでもおかしくないのに)
 そして目の前に広がった景色を見て、息を呑む。
 高く昇った満月が、広々とした庭を青く浮かび上がらせていた。
 壁の内側も外と同じくはびこる緑に侵食されて、一見しただけではそこに植物以外の何があるのかはわからない。だがよくよく確かめてみれば、ツタに覆われて朽ち果てかけた巨大な屋敷がいくつも緑の山を作り、それらは屋根の崩れた渡り廊下で細々と繋げられている。
 庭の中央にはもはや枯れてしまった川の跡が輪を描き、さらにその円の中には奇妙な広場が鎮座していた。他は草玉もかくやという風情なのに、今まさにビジスが酒瓶を担いで立っているその場所だけは、植物が遠慮したかのように勢いを弱めている。
 ペシフィロは途中の邪魔な草を掻き分け、時には栄養をくれとばかりに絡みつかれながらも、何故だか明かりもいらないくらいにはっきりと見えるそこに向かった。
 到着すると、ビジスはペシフィロを見もせずに地に酒を注いでいる。
「……お清めですか?」
「いいや、ただの献酒だよ。ここがどんな場所かわかるか?」
「随分と位の高い方のお屋敷……ですかね。しかし、こんなに広くて立派な場所が廃墟になっているなんて」
「都が移れば関心の方向もよそに向かう。世代も変わっているからな、当然の成り行きだ」
 ペシフィロは口を半開きにしたまま、気がつけば必要なくなっている明かりを置いてあちこちを見回した。ビジスが側にいるからか、もう恐れはなかった。
「だけど、以前は誰かに大事にされてきた場所なんですね」
 ビジスが軽く目を見開く。ペシフィロはそれには気づかずに建物の中を覗いている。
「時が経ってあちこちが壊れているし、草だって大変なことになってますけど。だけどなんだか温かいです。ここは」
 手を伸ばせばまだ人の暮らしの気配に触れることができそうだった。
 急に頭上からぐわしと手が落ちてきて、ペシフィロは首がぐらぐらしそうなほどビジスに頭を撫でられる。
「ちょ、なんですかー! 何か変なこと言いましたか!?」
 力いっぱい腕を振って抵抗しても、身長差のおかげでなすすべもない。ビジスはひとしきり声を立てて笑うと、最後にくしゃりとペシフィロの緑髪を掴んだ。
「そうだよ。わしのもう一つの故郷だ」
 近づけられた笑みがひどく優しい。ペシフィロはわけがわからないまま解放されて、挙動不審に髪を直す。いつの間に用意したのだろうか、ビジスは携帯用の茶器を手に、酒で茶葉を潤した。その、味が出ているのかどうかわからない茶を杯に注ぐと、満ちた巨大な月に掲げる。
「さァさァ皆よ茶を飲もう! 幾年月を経ようとも、我は変わらず現れる。魂が尽き肉体が滅びても、全ては始祖の地に還る。骨となっても、記憶が風に流れようとも、幾度でもここに集おうではないか!」
 独特の節の効いた、本国独特の朗唱だった。
 ペシフィロがぽかんとして見守る中、ビジスは茶酒を土に流す。
「日々は廻り清明節は繰り返される。今宵は宴だ。百を越える時の杯を皆で飲み干そう」
 そして再び杯に茶酒を注ぐと、ペシフィロに手渡した。
「……呑むんですか?」
「それ以外に何がある? 一口でいってしまえ」
「この手の酒は苦手なんですけどね……」
 逆らえば瓶ごと注がれるのは間違いない。ペシフィロは目を閉じて一息に飲み干した。
 かっと熱くなった喉の奥から、遅まきに高級な茶の香りがこみあげる。口中に広がるふくよかな甘みは、まるで酒などではない本物の茶を飲んでいるようだった。
 ビジスはどこから取り出したのか、いくつもの盃を地に並べてすべてに茶酒を注いでいる。
 茶の味といえども酒は酒、温かな浮遊感に耐えきれずへたりこんだペシフィロの肩を抱いて、ビジスはどこかに向けて笑う。
「友を連れてきたんだ。珍しいだろう?」
 そうか友と呼ばれる仲なのかと考える耳に、かすかな苦笑が聞こえた気がした。
「まったく、父上にしては珍しい」
「どうせ一方的にオトモダチ扱いしてるだけで、散々振り回してるんですよ。ちょっとでも心温かな気分でいると足元を掬われますよ、あなた」
 いつの間にやってきたのだろうか、今の世ではなかなか見られないほど豪奢な衣を身に纏った男女が杯を手にしている。なるほど彼らは夫婦なのだなと、ぼんやりと理解した。
「そうなんですよぉ、友だちとか言いつつ、結局は道具扱いみたいなものでえ」
 ペシフィロは既にたっぷりと酒が回り、広場が地中からの光に照らされていることにも、次々と人影が増えていくことにも気づかない。何もかもふわふわした気持ちで受け流している。
 誰が注いでくれたのだろうか、杯はまた満たされていた。勢いで飲むと、それは酒ではなく純粋な茶だ。
「あー、このお茶、すごく美味しいです」
「そうでしょう! この茶は発酵させたものの中では飲みやすいものですが、それでも長年の熟成を重ねた老茶で……」
 にこやかな笑顔の男がとめどない説明を話しながら、もう一杯、さらに一杯と杯に茶を注いでくれる。隣にいた、顔立ちがどこか西域に近い女が困った顔で男をたしなめ、その周りには何人もの子どもが賑やかに駆け回っている。
「そうかあ、お茶でも酔っぱらうんですねえ。すごく気持ちがいいですよー」
 ふらりふらりと首を振れば、子どもは見る間に成長して立派な男女の姿となる。そしてまた新たな子どもが生まれ、競うように駆けて遊んでいたその子らもまた育ち……と、時は流れいつまでもいつまでも、行きし戻りしを繰り返しては家族揃って皆笑う。
 なんだかトカゲが何匹もいて、それは人の男になったり小さな女の子になったりと様々に変化しているのだが、ペシフィロは何もかも当たり前のこととして微笑んで受け入れた。
「立派なお子さんですねぇ。ご家族はみなさん変身されるんですか?」
「……これは、姪。こっちは、孫。血の話は、むずかしくてよくわからない」
「あなたも大きなトカゲで。ヌシの方なんですねぇ」
 向こうでは詩を歌う一団や裸で走り回るたくさんの子どもたち、こまめに料理を持ってきては世話を焼く男や堂々と構えてくつろぐ者もいて、崩れた丘にも見える広場はあふれんばかりの賑わしさに包まれている。
「ほら、恐い鳥が来たぞ。逃げろ!」
「きゃー!!」
 ビジスが大仰なしぐさで子どもたちをからかうと、小さな仔らは笑いながら転がるように駆け回る。子どもでも大人でも構わずにわしゃわしゃと頭を撫でて嫌がられては笑うビジスを眺めつつ、ペシフィロはもう一杯茶を飲むと、桃源郷にいるかのような心地で寝転がった。

 春来たり。はらからどもが、花のあと。


[おわり]

2012/04/01 古戸マチコ

at 03:23, 古戸マチコ(こと・まちこ), 人なる・過去見・ハヴリア

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