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「おじさまとわたくし」(その後の郷の話)

 さて、無事完結いたしました淵国五皇子伝ことはなシリーズの番外編を書きました。
 完結から数年後の郷の話です。とはいえだいぶ変則的なので、えっと、……すみません。
 タイトルで何か察した方、ええ、そんな感じです。歳の差ご注意……。

《淵国五皇子伝(はなシリーズ)》
■1巻「はなひらく」
■2巻「はなうたう」
■3巻「はなかおる」←郷の話はここがメイン。
■4巻「はなあそぶ」完結。


 というわけで、よろしければ 続きを読む からどうぞー。


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コメント: 郷の詳しい話はこの巻の後半から。右下にいるのが郷です。

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コメント: 完結です。以下の短編はこの数年後の話。




『おじさまとわたくし』

 わたくしがトカゲの姿になりましたのは、一歳の夏のことでございます。
 とても美しい朝でした。まるで世界が新しく生まれ変わったかのような。
 ですからわたくしは、ごく当たり前のこととして、自らトカゲとなったのです。しっとりと優しく触れる土の上を人の手足で歩くなど、もったいないではありませんか。まだやわらかくとも爪があれば、そしてうろこに護られた体を持っていれば、わたくしは思うがままに土を掘ることができるのです。それをあのようなつまらない指に、さらに絹の靴下なぞ何重にも重ねてしまって、体中布に巻いてしまうなどとんでもない。こんな体ではまともに息もできません。
 人の赤子であったわたくしがむずかりながら衣を脱ごうとすると、母は笑いながらそうだそうだと手伝ってくれたのですが、すぐに乳母が着せ直してしまうのです。
 ただでえ歩くことすらままならない赤子に、さらなる鎧を重ねるとは!
 わたくしはろくろく動きもしない人の体をやめて、すっかりとトカゲになってしまいました。

 わたくしは生まれつきこういった勘の鋭い方でしたから、どうすれば始祖のごとくトカゲの体になれるのかはよくわかっておりました。ですがわたくしのたくさんの兄弟たちは、まさか末の妹がいきなりうろこだらけの生き物に変わるとは思ってもみなかったのでしょう。子ども部屋は突然現れたトカゲの姿に阿鼻叫喚と化しました。乳母でさえ悲鳴を上げて腰を抜かしてしまったのです。
 わたくしは自由自在なトカゲの体が嬉しくてたまりませんでしたから、兄弟の誰が騒ごうとも気にせずに子ども部屋を這いまわっておりました。するとそこに両親が駆けつけたのです。
 青ざめた父の表情を、わたくしは生涯忘れないでしょう。側にいた母の笑顔はさらに。
 並ぶと互いの肌が白黒に映える両親は、わたくしを見て同じ叫びを上げました。
「「郷!!」」
 それが、遠い南国にいらっしゃるわたくしのおじさまのことだとわかったのは、翌日のことでございます。
 わたくしが生まれた国は温室の庭こそあるものの、寒さの厳しい土地でございます。短い夏はすぐに終わり、やがて訪れる長い冬にトカゲの体は耐えられないことでしょう。そう判断した両親は、わたくしを遥か遠い常夏のおじさまの国へと預けることに決めたのです。
 わたくしは何も恐ろしくはありませんでした。留学が決まったその夜から、おじさまは毎晩わたくしの夢に現れてくださいましたから。いつも眠たそうにまぶたを緩めるおじさまは、どこか母に似ておりましたが、それ以上にわたくしに近しいものを感じました。人の姿を取っている時は褐色の肌に黒の髪、そして光を湛えた金眼。わたくしも同じでございます。
 七人居る兄弟の中で、わたくしだけがおじさまに似て、始祖よりの力を色濃く継いでおりました。
 わたくしはまるで血に呼ばれるようにして我々の故郷に戻るだけ。
 見送りの際、普段と変わらない様子の母とは対照的に、父は王であることも忘れて顔を雑巾のごとくぐしゃぐしゃにしておりました。ちりりと舐めた涙が妙に熱かったことを、今でもはっきりと憶えております。

 そうして長旅を経てたどりついた南国の素晴らしかったこと!
 ねっとりと肌にまとわりつく空気はむせ返るほどの果実の香りに染まり、そこかしこに北国とは大違いの動植物が見られます。高床に作られて森に開け放された王宮もわたくしには心地よく、さらりとした木の床の感触が嬉しくて、わたくしはまた一度人間の赤子に戻ってきゃっきゃと転がって遊んだほどです。お付きの者たちが目をぱちくりとさせる間に、わたくしはトカゲになったり、人になったりと思うがままに遊びました。
 そこに、おじさまが現れたのです。褐色の素足に巻かれた金の足輪が目に入り、ちょうど人の赤子の姿をしていたわたくしは、再びトカゲになるべきかと迷いました。
 おじさまは真っ裸で遊ぶ幼いわたくしを抱き上げて、その金の眼でじっと見つめると、
「……変わってみろ」
 と、それだけおっしゃったのです。わたくしは慌ててトカゲになりました。仔トカゲとはいえ人の赤子よりずっと大きく重たいのですが、おじさまは少し腕に力を込め直すと、わたくしを抱え続けました。
「……おれは、どちらでも抱いてやれる」
 そのお言葉がわたくしの小さな胸をりんと鳴らしたことに、おじさまは気づいたでしょうか。

 そうしてわたくしとおじさまのゆるやかな暮らしが始まりました。
 おじさまは一応のところは南国の王ということでしたが、わたくしの父とは比べ物にならないほどに働きません。いつだってごろりと床に寝そべってばかりで、政や何やというややこしいことは、ほとんどすべて重臣たちにお任せになっておりました。
 ですがおじさまの下で働く者たちは、腹心の部下からほんの下働きの掃除夫にいたるまで、皆おじさまのことが好きで好きでしかたがありませんでした。何しろおじさまは長きにわたる淵国の支配からこの南国を平和に取り返した英雄であり、若き頃は国の始祖であるトカゲの姿を取っていたのです。それにおじさまの占いはいつだって外れることがなく、民は皆そのおかげで水害や凶作をまぬがれることができました。
 そこに、おじさまと同じかそれ以上に始祖の力を受け継いだわたくしが、トカゲの体や幼い女の子の姿できゃっきゃと駆け回るのですから、皆様の心はますます歓びに満たされたようです。おじさまは王とはいえどんな民にでも同じように接しましたので、庭を手入れしていた老人ですら、転んだわたくしをよしよしと抱き起こしては、
「陛下、嬢ちゃんを娶られるのはいつですかい」
 と、本気かどうかわからないようなことを言って笑いました。
 そんな時はおじさまも、どこまで真剣なのかわからないような態度で、
「……血が濃すぎると、怒られる」
 などと、誰に言うでもなく呟いておりました。
 おじさまには妻がおりません。今も時々はそうしておりますし、当時はさらに頻繁でしたが、女の方が通ってこられることはありました。王として妻を持つのは大事な職務の一つでございます。何よりも世継ぎを作らなければ。
 ですがおじさまは、どの女もそう長くは続かずに返しておしまいになるのです。おかげでいまだ正式な妻となった者も、子を生した者もおりません。
 女たちを遠ざける理由と言えば、おおかたが「……べたべたしつこい」「うるさい」「撫ですぎる」というもので、放っておいてほしい時まで媚態をさらけだしてすり寄られるのが性に合わないようでございます。
 ですが本当は他に理由があるのだと、おじさまも、執拗に妻帯を勧める周囲の者も知っているのです。
 わたくしは毎夜のようにおじさまの夢に潜ります。現れる景色はいつも同じ。美しい緑、赤く甘いたわわな果実。青々とした茂みには白き小花が咲き乱れ、その花に取り囲まれるようにして、不可思議なツタを身に纏う女の方がぽつりと立っていらっしゃるのです。
 おじさまは、緑色の髪をしたその方に近づくでもなく、いつも遠くから見つめるだけで、すぐにトカゲの姿に変わって川に潜ってしまいます。
 わたくしもそのお方にご挨拶をしなければと近づいてはみるのですが、所詮は夢の中の幻、近くで拝見しようとすればするほどに、その方の姿はぐにゃりと歪んで消え失せてしまうのでした。

 緑色の髪などではない、体にツタも這わせていない「本物の」そのお方にお逢いしたのは、わたくしがおじさまの元にやってきた次の年の春でございます。
 そのお方の膝には王のごとくえらぶった男の子が一人と、両手いっぱいに花を抱えて喜ぶ愛らしき女の子がおりました。今も年に一度は共に遊ぶ、わたくしの従姉妹たちでございます。
 春になるとわたくしの両親も含めた近隣五国の王たちは故郷に集まるしきたりで、年に一度のその日には、おじさまはもちろんわたくしを連れて行ってくださいます。わたくしは夢に見たそのお方のことが、すっかりと気にいってしまいました。久々の両親もそっちのけでそのお方にばかりまとわりつくので、父がこっそりと泣いてしまったくらいです。
 ですがおじさまは、微笑みの可愛らしいそのお方と一言二言お話するだけですぐにその場を離れ、男の人たちの集まる別の部屋に隠れてしまうのでした。

 話がそれてしまいましたね。
 さて、わたくしが六歳になった頃のことです。それまでわたくしは人の姿とトカゲの体を好きなだけ行ったり来たりができたのですが、ある日突然、トカゲから人に変わることができなくなってしまったのです。あれだけ面倒くさいと思っていた人の体も、いざ変われなくなるとおそろしく不安になります。わたくしは毎日泣いて泣いて、うろこの肌にうずもれた金の眼が溶けるのではないかというほどに涙を流しました。
 おじさまの占いによりますと、どうやら土地の神がわたくしを気に入って、巫女として所望しているらしいのです。そういえばわたくしは王宮の裏手にある聖域から、見えない手に引き寄せられるような気持ちになることが増えておりました。そんな時はおじさまがわたくしを抱きかかえて、行ってはならない、戻れなくなると強く言い聞かせたのです。
 おじさまの保護もあってわたくしはこれまで無事でいられたのですが、土地の神はわたくしの祖母以来である巫女の出現が待ちきれないらしく、わたくしの身を渡さなければ人の体には戻してやらぬ、国にも災いをもたらすと脅しをかけているということでした。
 巫女は神に妻として娶られた者ですが、それで何をするかというと単に祭祀を行うのみで、人間の結婚とはまた別物なのだと聞きました。ですがひとたび巫女になれば、もはやこの国をそう簡単には離れることができません。わたくしはここに預けられている身ではありますが、正式な拠り所は遠い北の故郷にあります。勝手に南に縛りつけるわけにはゆきません。
「……めんどくさい」
 おじさまは長い息を吐くと、わたくしを抱きかかえて国をお発ちになりました。

 そうしておじさまは、もとよりないにも等しい王の職務を放り出して、北へ北へと進んだのです。
 わたくしのような若輩者が考えるのもはばかられることですが、何重にも重ねた毛皮の中に鼻まですっぽりうずもれて、虎の毛並の間から絶えず白い息を吐いて震えていらっしゃるおじさまは、大変かわいらしゅうございました。
 馬車に揺られながら、いかに窓の外が白く雪と氷に埋まっているかを不安げに確かめてばかりいるおじさまの隣で、わたくしは勝手知ったる故郷の冬とおじさまという心ときめく取り合わせに、きうきうと歓びの声を上げておりました。
 そうして到着した宮殿で、おじさまは兄であるわたくしの父に、大変簡潔におっしゃられました。
「養女にする」
 文字通りに凍りついたわたくしの父に、おじさまはしごく真面目に続けます。
「巫女として、神に仕えてもらう。……おれは、子を作れるかどうかわからない。生まれても、力がないかもしれない。だから、おれが死んだ後のためにも、力のある者がほしい。……国は、続けなければいけない。後継者として、おれの娘にさせてくれ」
 おじさまは、わたくしを次の女王と決めたのです。わたくしは驚きましたが、おじさまの側にいられるのならなんだって構いませんでした。向かい合うわたくしの母にも異論はありませんでした。
 ですがわたくしの父は、それはもうわたくしたち兄妹に大変甘うございましたから、愛しい娘の一人が早くも巣立ってしまうことに目の潤みを止められない様子です。そんなことはさせられない、娘にはよい嫁ぎ先を……と、今にも泣く泣く語りそうでした。
 そんな兄であり同盟国の王に向かって、おじさまは、冷たい床に膝をつき、深くひれ伏したのです。
「お願いします」
 それはあまりにも身の低く、王としては失格の、肉親でなければ許されない誠実さの現われでした。わたくしもトカゲのまま首を床に押しつけて、その背を優しく叩きながら、おじさまは願ったのです。
「……おれにください」
 その日から、わたくしは正式におじさまのものとなりました。
 立場だけでなく、心まで完全に。
 いいえ、初めからわたくしの想いはすべておじさまにのみ向けられていたのかもしれません。わたくしは巫女として、目には見えず触れることのできない神と契りを結び、そんな契約を強いた代償とでも言わんばかりに、毎晩おじさまの懐に抱かれて眠るようになりました。
 もちろん姿はトカゲですが、時おりは神の許しを得て人の娘に変わります。
 そんな時おじさまは、衣一枚身に着けないわたくしに複雑な表情をしながらも、眠りにつくまでただぽつぽつと先祖から伝わる物語を聞かせて下さるのです。
 今は語りだけですが、いずれはその先までも。そう、わたくしは夢を見ております。
 形の上では父と娘。血の繋がりは叔父と姪。ですがそれだけで終わらせる必要がどこにありましょう。わたくしは今、七歳でございます。おじさまは二十と九。あと十年も経てば、つりあいもとれるはず。
 もちろん、心の声までもが届くおじさまの耳には、わたくしの企みなどすべて聴こえているのです。初めからずっと。わたくしがこの国に来た時から、一言も話さないわたくしの心をおじさまは聴いてくださいましたもの。

 ねぇ、おじさま。
 大きくなったら、わたくしはおじさまの妻になりとうございます。正式な婚礼など挙げずとも構いません。何人も迎えた妻の一人でも気にしない。子が必要であればわたくしは形だけの夫を娶り、夜はただおじさまの隣でのみ眠りましょう。
 おじさまはこんな時だけ刻む皺を眉間に作り、誰に言うでもなく呟かれました。
「……大きくなったら、考える」
 ええ、それがよろしいでしょう。
 明日のことは明日、十年先のことはその時に考えればよいのです。
 わたくしがそう見つめると、おじさまはこっくりとうなずきました。
「おやすみ」
 おやすみなさいませ、おじさま。
 また夢の中でお逢いしましょう。

[おわり]

2012/08/04 古戸マチコ

at 22:05, 古戸マチコ(こと・まちこ), はなひらく

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